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いろいろと備忘のための

衰退の音楽

ドビュッシー―生と死の音楽

ドビュッシー―生と死の音楽

私は小説で音楽が登場する場面が好きで、当たり前かもしれないが、文学的な比喩や表現を用いて音楽を描写することに関しては、評論家よりも小説家の方がずっと上手いと思ったりする。村上春樹は言う間でもなく(もっとも、村上春樹の音楽の趣味志向は特に好きではない)。村上龍の『ストレンジ・デイズ』のなかに登場するローリング・ストーンズの音楽も印象的であった。

 この本を書いたのは哲学者のウラジミール・ジャンケレビッチという人で、楽譜に基づいた解釈や、美術との関連を盛り込みながら、まるで小説家が音楽を描写するときのような豊かな表現でドビュッシーの音楽を語っている。訳者あとがきでも指摘されているが、楽曲分析でも音楽史的な解説でも評伝的な記述でもない、珍しい内容となっている。

ドビュッシーピアノ曲を聴いていると、こちらの聴覚が変化するような不思議な感覚に陥ることがある。雑音に敏感になったというか、生活のなかで、やたら周りの雑踏がうるさく感じるようになった。「沈黙の次に美しい音楽」なんて言うとまんまブライアン・イーノだけど。ジャンケレビッチの言う《名状し難いもの》、《語りえぬもの》、《なにかわからぬもの》、《ほとんど無なるもの》、《表現できないもの》といった心象も、そういったことを言っているのかなと。

大きく三章立てで構成されていて、「1.衰退」、「2.実在」、「3.出現」と題されている。なかでも「生」、「光」の側面(一般的なドビュッシーのイメージ、印象主義的な側面と言ってもいいのかも)ではなく、「死」の側面から考察した「1.衰退」が秀逸。

はずかしながら、哲学者、思想家の著書の翻訳なんて読むのは初めてだったので、なかなか読むのに苦労した。一ヶ月以上かけてちびちびと読みきりました(笑)。