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いろいろと備忘のための

形式を聴く音楽?

TNT

TNT

概してこれまでの私のトータスに対する印象は、「好きな部分は好きだが、あまり好きではない部分も多い」という感じであった。好きではない部分とは、ギターが奏でるメロディーやコード進行(すごく綺麗なメロディだなと思うものもあるが)や、ポストロックを通り越して凄くジャズ〜フュージョンぽく響く瞬間が苦手なのだ(ジャズ〜フュージョン自体が苦手というわけではないのですが)。特にこの二つの要素がくみあわさったときに、「人力テクノ」な側面が後退し、オールドウェイブ的というかプログレ的というか、非ミニマルな構築的な音楽に聴こえてしまい、それが少し「ないな〜」と思ってしまう所以だ。これは、私の音楽遍歴のベースというか判断基準の軸のようなものが、が90年代オルタナティブ的(あるいは、洋楽を聞き始めるきっかけがビートルズであったのとも一因か)であることが影響しているかもしれない。どこか「音楽はテクニックではない」と思っているところがある。
話をトータスに戻そう。今日なんとなく『TNT』を聞き直したことがこの文章を書くきっかけだったのだが、聴いていて「あれ、こんなんだっけ?」と思った。『millions』や『STANDARDS』に比べ聴き込みが浅いこともあり、全然覚えていない曲もある。
それで、その勢いでライナーノーツをちゃんと読んでみて以下のことに気がついた。『TNT』についてよく言われる「トータスが初めてプロツールズを用いて…」というのは知っていたのだが、じゃあどこがどういうふうに変わったのか、どこにテクノロジーが使われているのか(『millions…』とどう違うのか)、自分では聞き分けられないことにである。自分はろくにトータスを聴いてなかったのかもしれないとちょっと自己嫌悪に。
ライナーの内容を簡単にまとめると、「曲の構成、構造といった要素が、作曲の大きな一要素となった」「『構造』で作曲する」ということなのだと思う。この事実が、トータスが「聞き分けられない」理由ではないだろうか。何も私の聴き込み不足だけが理由ではないと思う。ここから、単に「プロツールス→音響的な加工で作曲」という認識をもう一歩進めることができるような。単純な話、エレクトロニカやポストロックのようなインストものの曲の構成(A→B→A→B→C、クラシックでいうソナタ形式、というような)って、自分で演奏しないことには(シンプルな歌ものと異なり)繰り返し聴いていてもなかなか頭に入らないんですね。トータスの音楽が頭に残りにくいのは、こういったことが理由なのかなと思った。
要するに、以下のように言えるのではないか。『TNT』の革新性の鍵は楽曲の「構成」(ないし形式)にあるが、自分で演奏することのない普通のリスナーの場合、かなり聞き込んでいる人でもその曲の構成にまではなかなか目がいかない。これは、メロディーや音色といった要素と異なり、構成を覚えるには、「演奏するために暗譜する」といった努力が必要であるためである。それにより『TNT』が「分かりにくい」作品となっているのだ。

●ただしもちろん、もっと単純に「音韻と音響」論で語ることもできると思う。プロツールスにより「音響」による作曲が可能になった、という。しかし、どうもトータスの場合それだけでは分からないという意識がずっとあったので、このようなことを書いてみました。
●かなり前に書き終えたものの、なんだか的外れな気がしたので、公開せずにほったらかしにしていました。ですがもったいないので公開しておきます。