音楽と意味の関係
(画像は本文とは関係ありません。jan tooropの1989年の作品。)
○○市立中央図書館にて、たまたま目にした雑誌に掲載されていた小論文。『狂気の音楽史序説』というなんだか物騒なタイトルであるが、興味深い内容であった。
主要なテーマは≪音楽と意味との間の複雑な関係≫についてであり、それについて、ラカンやフロイトやゲシュタルトなどを引き合いに興味深い考察を展開している。これまで漠然と考えていた疑問「音楽と意味の関係」ということに、踏み込んだ議論をしている本はないものかと考えていたので楽しく読めた。
読んでいて大変面白く、小論文ながらたくさんメモをとってしまった。ここではその中から気になった点をピックアップしておく。なお、必ずしも本文の論旨に沿っているわけではないし、これを読んで椎名氏の主張が理解できるものではないので悪しからず。あくまで個人的なメモということで。。 また、引用部分は≪≫で示す。
- ラカンによる狂気に関する説明を念頭に、椎名氏は、音楽における狂気について以下のように解釈している。≪精 神の病としての狂気delireはリビドーdesirと密接な関係があり、そのような狂気はシニフィエとシニフィアンの正常ではない結び付きから生まれ る。こうして、音楽と狂気そしてリビドーの間には興味深いアナロジーが見られることになる。これを検討しなおせば、音楽と狂気の関係、音楽と意味の関係、 言語的意味とは違った意味作用から見た無意識の問題、など様々な興味深い問題が明らかになるのではないか≫。
- 《「音楽」の歴史とは、音響と意味の間の複雑な関係の絡み合いの歴史であったと言えるだろう。だから、一般によく言われるような「音楽によって、国境 を超え、言葉の壁を越えて、人々は理解し合うことができる」というような表現は、全く根拠のない戯言であることがわかる。音楽とは或る一定の意味を担った 「言葉」である。そして、それは通常の意味での翻訳が不可能であるだけに、普通の諸外国語間の差異による理解不可能性よりも、さらに根元的な理解不可能性 を持っている(ただし―これが人間能力の不可解な所だが―音響としての知覚可能性による直観的な或は直感的な理解がありえないわけではない。ただし、その 場合の「理解」が何を意味するかは議論のある所だろう)。》
※ここでは、論旨を明確にするためか、音韻と意味の関係がある程度は音響学的/自然科学的に説明可能であるということは省略されているように思う。以前ここで取り上げた藤枝守氏の著書でも言及されているように、オクターブや三度や五度が「協和している」ということは、ギリシャの時代から科学的事実としてしられていたのであるし、言語の場合と違って、音楽におけるシニフィエとシニフィアンの関係は全く「恣意的」であるわけではない*1。
- 「声」の問題。:拡声器がなければナチスは存在し得なかったという命題から環境における音響のもつ政治的・社会的意味にまで考察を広げた環境音楽作曲家マリー・シェーファーの研究。権力の現れと芸術表現との関係を明らかにしたドゥルーズ/ガタリ『千のプラトー』。シュレーバーにおける、権力の中心が無であるという構造:ロランバルトの東京論。
- アドルノの音楽哲学に関する言及は、以下の通り、その功績は認めつつも、その限定性を指摘している。アドルノは、音楽史を《ブルジョワ市民社会の成熟と崩壊の反映とのみみている点で、一方では正当なマルクス主義者》である。《他方では、我々に言わせれば、その人間精神の深淵における意味作用を軽視していると言わざるを得ない。》
- フロイト、ラカン、ソシュールの無意識の解釈について論じたあと、それについて以下のように結論づけている:無意識がシニフィエとシニフィアンの構造で成り立っているとすれば、言語とは違った関係を持っている「音楽」におけるシニフィエとシニフィアンの関係も、無意識において(欲動をめぐって)何らかの重要な契機になっているのではないか。
◆◆
まあそんなところで、個人的にはいろいろ勉強になる文章でした。
著者の椎名亮輔氏は、いくつか心理学や音楽に関する著書や訳書も出しているようなので、参考までに挙げておきます。雑誌のほうはなぜか「はまぞう」で見つからないのですが、普通の公共の図書館に置いていると思うので、是非探してみてください。
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*1:というか、本文でそのことに触れられていたかどうかを失念してしまった。本文が手元になく、自分で書いたメモのみを参照して書いているので、ちょっと正確なところがわからず、申し訳ないです。。